「春霞む山のふもと」

写真家からみえる景色

写真で日常を切り取る、びとくらし
「びとくらし」サイトトップのメイン写真をご提供いただいている、嵐祥子さん。
写真家ならではの視点や、景色の切り取り方、毎日の暮らしぶりを写真と文章で伝えいただきます。

「春霞む山のふもと」

日の出の時刻が早くなり、すっかり明るくなった朝の景色。
窓から見える春山の姿が、よく見えるようになりました。

花ぐもりのころ、山肌のあちこちに見えていた薄もも色の木は、新年度前後であわただしくしているあいだに、あれよあれよと緑色になっていきました。

その山のふもと、わたしの住む街には長い長い坂があり、それを上りきったところにスーパーがあります。

普段はなかなか買い物に出向く気分にならないところなのですが、良い気候なのと、近所のスーパーで買うよりもワインがお買い得なのとで、運動がてら久しぶりに行ってみようかと思い立ちました。

ハイキングの装い、大きめのリュックを背負い、スニーカーを履き、靴ひもをきゅっと締め出発しました。

あらためてGoogle mapで調べてみると、距離は約1300メートル。
春の景色を楽しみながら歩けたらなと、山に近く、最短距離で行くよりもすこしゆるやかな傾斜の、まわり道を選びました。

からりと晴れた日の午前中。
ウォーキングをしている人たちが、カメラを持ってゆっくり進むわたしをサッと追い越していく姿が気持ち良く、そのスピードに引っ張られそうになりながらも、マイペースを保ち歩いて行きました。

いつも利用している路線バスがエンジン音とともに軽快に走り去って行き、その後ろ姿を何本か見送りながら「もし疲れたらバスに乗って帰ろう」と、心のお守りにしました。

幹線道路沿いの歩道と並行するように、舗装されていない遊歩道がありました。

植物たちそれぞれの自生が活かされた素朴な道ですが、木陰が多く、風で葉と葉がすれる音や鳥たちの声がおだやかに流れ、とても歩きやすく感じました。

あとで調べてみると、森林ボランティアさんがお手入れされ、地元だけでなく遠方のかたにも安心して楽しんでもらえるよう、定期的に整備をされているとのことでした。
道の案内看板づくりや、伸びすぎた樹木の剪定、蝶が集まるよう花の苗植えなど、こまやかに活動されているそうです。

間近でウグイスが「ほーほほほきょっ…ほーほきょ」と、さえずる声が聞こえてきました。
ウグイスは最初から上手に鳴けないと聞きますが、この声の主もまだまだ練習中のようで、なんとも微笑ましいのどかな鳴き声でした。

遠くからだと春霞みでぼんやりと見えていた山は、近くに来てみると、おし寄せてくるような新緑におおわれていました。
新芽や若葉の照りかえしに圧倒されそうになりながらも、そのまぶしい光景の中をしっかりと歩きました。

天気予報では「初夏のような気温」と出ていて「もうそんな季節?」と、とても信じられないような気持ちでしたが、目的地に到着するころには着ていたカーディガンを脱ぎたくなり、信号待ちをするみなさんが眩しそうに目を細めている様子を見て、納得のお天気でした。

スーパーの冷蔵コーナーの涼しさでひと息つき、買い物を終えると、リュックがずっしりと重くなりました。
それをうんしょと背負い、またしばらく来ないだろう坂道を、もうすこし春を探して脇見をしながら帰ろうかなと、ゆっくりと下って行きました。

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